GOOD DAY!

GOOD DAY!

0.5話≪春がくる≫

「引っ越し!?」
ウラベの声が裏返る。声がでかいんだよな、まったく。そんなところも好きだったけど。
「そーなんです、もう入る高校も決まりました。春から東京です」
なるべく感情を込めないように、淡々と話すようにした。ウラベはなんだか呆然としていたけど、しゃあしゃあとフルーツ牛乳を 飲んでいる私を見ると我に戻ったようで
「いつ決まったんだよ!なんで決まった時に話してくれなかったんだよ!」
とまた大きめな声で叫ぶ。あー修羅場キターと周りのクラスメイトの目が痛い。やっぱり外で昼食をとるべきだったかなあ。でも ここの冬はまだ寒くて。霜柱なんか立ってて。そんな「ここ」が嫌いじゃなかったけれど、いやむしろ好きだったけれど。
「ウラベだって受験生だったじゃない。変な時に言って、パニくらせないためだったんだって」
「そんな……」
雨に濡れた子犬のようにしょんぼりするウラベ。かわいい。大好きな、本当に大好きだったウラベ。でももう決めたんだ。
「とにかく帰り、一緒に帰ろ。部活に顔、出してく?」
ふるふると頭を左右に動かすウラベを見て、私はちょっと切なくなったけど、その想いを断ち切るように、フルーツ牛乳のパックを くしゃっと勢いよく潰す。もう決めたものは仕方ないのだった。席を立ってゴミ箱まで行こうとすると、サエコが駆け寄ってきた。
「言ったの?」
口の堅い親友。サエコにだけはみんな話していたんだ。こくりとうなずいた。
「今晩うち泊まりにおいでさ」にまたこくり。今夜は長くなりそうだ。

沈黙の帰り道。ウラベは歩くのが速くて、でもいつも私のテンポに合わせてくれる。そんなところも好きだ、うん、やっぱり好きだなあ。
「で、えっと、なんかすみません……」
意味なく謝ってみる。そう、意味なんてないんだ。私が勝手に決めたんだから。でも言うには結構勇気がいる。神様お願い!神様なんて 日頃は信じていないくせに。
「卒業したら別れたいんだけど」
言えた。口にしたら案外呆気なかった。ウラベは、引っ越しを伝えた時よりもびっくりした大きな目で私を異星人のように見ている。
「おま、わ、わ、別れるだと?正気か!?」
ごめんウラベ。正気かどうかは私にもわかんなくなってきた。私たちカップルは我が3Bの中でも『目茶目茶うまくいってる』二人として 認められてきてたもんね。
「まさかお前、どこかの少女漫画に侵されてきたんじゃねーだろうな?」
漫画の貸し借りもしょっちゅうしたね。そういえば、別れる二人が、東京までの高速バスでの三時間は月に行くより遠かった〜なんてフレーズ、 あったっけ。でもそんなのに影響されたわけじゃない。朝7時のバスに乗れば、10時にはついて、5時まで遊んで、8時に家につく。 時間としては別段問題はないわけだ。
「でも私、ウラベのことが好きなんだもん」
「でもの意味がわっかんねーよ!好きならなんで別れるんだよ!」
至極真っ当なご意見、ありがとうございます。
「だから!」
あ、いけない。感情的になったら終わりだと思ったのに、もう効かない。
「毎日そばにいたいんだもん!そりゃウラベは男子校だし、そうしたら会えない日もあるかもしれないけど、いつでも会える距離にいたい んだもん!」
やばい、涙が出てきた。女が涙を武器にするのは卑怯だ〜なんてサエコともと喋ってきたのに。
「泣くなミサキ!泣きたいのはこっちだ!」
ありがとうウラベ。そう言ってくれるだけで女冥利に尽きるよ。

結局引っ越しの理由も話せなかったし、別れる別れないもうやむやなまま、腫れぼったい目でサエコの家に行くと、サエコは 「ウラベのこと一発殴ってこよっか?」と笑ってない目で外に出ようとしたから、慌てて止めた。美人で武闘派なサエコのことだから、 下手したら本気で殴りに行きそうだったから。
「別れんのって、付き合うよりパワーいるね……」
ぼそっとつぶやくと、私愛用のサエコの手作り抱き枕を抱きしめ、ごろんと横になった。
「でも東京に行くって決めたのはあんたなんだから、それは仕方ないんじゃない?」
ぐっさり。正論。本当はここに残ることだってできたんだから。
小学5年生の時に東京からここ、父の実家に戻ってきたのは、父が実家の家業を継ぐためだった。私も大好きだったじーちゃん ばーちゃんと一緒に暮らせて嬉しかった。
でも母は違ったんだね。東京生まれの東京育ち、銀座が遊び場だった母には、のほほんとして、村中が家族みたいな 田舎の生活には馴染めなかった。で、心を壊してしまったんだ。
それでも母は父のことをすごくすごく好きで、離れたくなくて、頑張ったんだけど、去年の暮れに死にかけた。それで、東京に戻る ことになった。
それでも離婚するわけではないらしく、私がどうするかが問題だった。両親は私に決断権を渡した。それで私は母についていくことに 決めたってわけ。
だって母が心配だったんだもんよー。両親はいわゆる駆け落ちみたいな恰好で結婚したものだから、東京のじーちゃんばーちゃんには あんまり会ったこともないし、会うと父の悪口を言うし、なんとなく避けてたんだ。母も実家を頼るつもりはないらしいし。
しかしですよ、食事中にいきなりしくしくと泣きだしたり、どこも見ていない目で縁側に座っていた母を見てきた私としては、東京に 戻ったからってすぐに元通りになるとは思えない。
私もウラベ、好きだったよ。っていうか、今でも好きだよ。でもやっぱり母の方が大事だったんだな。マザコン?違うでしょ。
私は東京で生きていく。なんだかんだいっても、期待もあるんだ。5年ぶりの東京!別れも出会いもありにけり。それが春ってやつだ。

続く

モドル